Tadashi Inuzuka
5 min readJun 17, 2020

「美しい誤解」と程遠い日本の現状

日本は中東やアフリカにおいて特別なイメージをもっていた。それは「日本の援助には隠された政治的野心がない」という信頼感だ。自ら資金を集めて地元の人たちと一緒に砂漠を緑の農地に変えた中村哲さんの棺はアフガニスタン国旗に包まれ、ガニ大統領自らが担いで追悼式が行われた。政府開発援助(ODA)に直接、間接に関わる多くの人達のシンボルとなっていた緒方貞子さんは、アフガニスタンで「マダム・オガタ」と尊敬を込めて呼ばれ、スムースな活動に不可欠な信頼を醸成した。2003年から2004年にかけて約9万人の武装集団のDDR(動員解除、武装解除、社会復帰)を実現した伊勢崎賢治さんも、こうした中東での日本に対する信頼感を「美しい誤解」と説明している。「美しい誤解」、つまり歴史的にこの地域で侵略行為を行ったことがない日本、大国ロシアのバルチック艦隊に勝利した島国日本、そしてそんな日本の援助には政治的な隠された意図がない、と信じられていたのである。

それがどうだろうか。現職の東京都知事である小池百合子の卒業について、当のカイロ大学ではなく在日エジプト大使館が声明を発する騒ぎになっている。当然ながら、エジプト大使館は日本においてエジプトを代表しており、大使館の発言はエジプト国の発言になる。つまり小池百合子のカイロ大学卒業にエジプト政府がお墨付きを与えた形なのだ。カイロ大学が国立だとしても、なぜそこまでやらねばならないのか。卒業の事実を確認して欲しいならば、大学が当時の資料を提示すれば良いだけで、大使館=政府が出てくる必要はない。卒業が事実であるにもかかわらず卒業証書に不備が指摘されているなら、カイロ大学に資料再発行を依頼すれば良い。仮に、当時の資料が残っておらず、大学側で卒業が確認できないのであれば、これをエジプト政府が大学に成り代わって認定できるはずもない。どんな事情か分からないが、エジプト政府にしてみれば、こんなくだらない問題で対日関係を害するリスクを冒すくらいなら、声明発出くらいはお安い御用だったのかもしれない。しかしこうした展開は、日、エジプト両国にとって何のメリットもないだけでなく、かえって両国の信頼を失うことになりかねない。

さらに悪いニュースがある。アラブニュースが公開した録音記録によれば、日産自動車のレバノンの顧問弁護士Sakher El Hachemが、「IMFの支援を受けるにはレバノンがカルロス・ゴーンを日本に引き渡す必要がある。引渡しがない限りレバノンへの経済支援に対しては日本が拒否権を発動する。」と発言しているのだ。この人物はレバノンにおいて日産自動車を法的に代理する弁護士であり、日産の依頼なしに勝手な発言をマスコミに行うことは考えにくい。もしこれが勝手な発言であり、そうした代理人を日産自動車が雇用したのならば、企業として厳重に対処すべきだ。さらに、一企業が日本のIMF支援を人質にとる形で交渉を有利に進めようとするならば、外務省としても厳重に注意すべきだと思われるが、そんなニュースを目にすることもない。

日本政府、外務省には外交戦略として経済協力を捉える傾向が強く、それが「ODAの戦略的活用」という言葉に現れている。それは、国内で経済的に困窮している人達がたくさんいる中で、どうして見たことも聞いたこともない外国に対して数千億円から一兆円単位の血税を使わねばならないのか、という疑問に答える方便だ。しかしODAの本来の意義はそこではなく、国境を超えてあまりにも酷い経済格差を是正して行く努力を、最終的には日本の国益に繋げることにある。同時に、難民や国内避難民が人権侵害を受け続けているのと同じように、日本でも経済的な理由でDV、セクハラ、パワハラに対抗することが難しい人達がいる。経済支援は国単位で考えるのではなく人間単位で考えるべきであり、不当な経済格差の是正という観点から行われるべきではないだろうか。そうした意味で、緒方貞子さんらが提唱した「人間の安全保障」という考え方の地平は国の内外に広がっている。

中村哲さんや緒方貞子さんのイメージに日本を重ねることは「美しい誤解」かもしれない。しかしこうした「美しい誤解」こそが日本を護る最大の武器であり、日本はこの地域において信頼される国であり続けるべきなのだ。しかし残念なことに、こうして長年積み上げてきた信頼を一瞬でぶち壊しかねないのが、小池百合子の卒業について在日エジプト大使館が声明を発出するような事態であり、一企業のガバナンス問題にIMF経済支援まで持ち出して恥じることのない日産の顧問弁護士なのである。こんな形で「美しい誤解」が「ただの誤解」に変わってゆく。政府や外務省のいう「ODAの戦略的活用」が、選挙対策や企業のガバナンス欠如に利用にされてはたまらない。今からでも遅くはない。カルロス・ゴーンの引渡しを日本のIMF支援と引換えに求めるなどという前代未聞の失言や、首長選挙対策に在外公館が使われるような不透明な事態に対して、日本政府は明確かつ断固たる発言を行うべきである。

Tadashi Inuzuka
Tadashi Inuzuka

Written by Tadashi Inuzuka

WFM-IGP Executive Committee member, Former Senator of Japan

No responses yet