正義に裏付けられた平和構築にICC国際刑事裁判所の発展は不可欠だ

Tadashi Inuzuka
5 min readMar 8, 2020

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2020年3月5日、ICC国際刑事裁判所がアフガニスタンにおいて2003年5月1日以降に行われた戦争犯罪、人道に対する罪に対して捜査を進める決断を下した。この件についてファトウ・ベンスーダICC検察官が捜査開始を求めたのは2017年だったが、残念ながら2019年4月には予審判事部がこれを許可しない判断を下していた。今回は上告審がこれを覆す判断を行なったことで、いよいよ捜査が始まることになる。捜査はアフガニスタン政府、タリバン、そして米軍が対象になる。これに対してマイク・ポンペオ米国務長官は「アフガニスタンに和平をもたらす歴史的な和平合意にアメリカが署名した数日後にこの判断が出されたのは、唖然とする行為だ」と述べ、捜査から米兵を守ると宣言した。https://www.bbc.com/japanese/51764050

ICCは、許しがたい罪を犯した個人を国境を超えて訴追し、裁判にかけ、罰することができる人類が初めて手にした「世界の裁判所」である。現在123カ国が締約国としてICCの管轄権を受け入れている。EU諸国ではICC締約国であることがEU加盟の条件になっている。EU以外では、カナダ、南米諸国、オーストラリア、ニュージーランド、多くのアフリカ諸国、アジアでは韓国、日本を含む19カ国が加盟しているが、その反対に米中露等がこの条約を批准していない。

ICCはあくまでも国内の刑事司法制度が機能しない場合に、補完性の原則に基づいて管轄権を行使する。2009年3月にはスーダンの現職大統領アル・バシール氏に対して、ダルフール地方における大量殺害、組織的レイプ、略奪の容疑で逮捕状が発出された。一国の元首に対する訴追は初めてのことだった。以来この事件ではスーダン政府が容疑者引き渡しを拒んでいたが、2020年2月11日、バシール容疑者の引き渡しに合意している。一国の元首であっても「人類の良心に衝撃を与えるような犯罪」の不処罰はあり得ない、という国際社会の強い意思を示したと言える。

さて、ICC国際刑事裁判所に対する批判はいくつかあるが、その最大のものは「なぜアフリカだけか?」というものだった。確かに現時点での正式捜査、訴追対象はウガンダ、民主共和コンゴ、中央アフリカ共和国、スーダン、ケニア、リビア、コートジボワール、マリ、ジョージア、ブルンジ、バングラデシュ/ミャンマー、そしてアフガニスタン地域での犯罪、あるいはこの諸国の国籍を持つ個人、またはICC検察官が国連安保理からの付託を受けた場合(スーダン)であり、確かにそのほとんどがアフリカ諸国だ。これに対して、なぜ英米によるイラクへの侵略戦争に伴う戦争犯罪が裁かれないのか、なぜシリアで現在進行形の戦争犯罪、人道に対する罪が対象にならないのか、という当然の批判がある。シリアでは現在でも学校や病院に対する攻撃が行われ、トルコに100万人以上の難民が出国している。イドリブ地方の北部では現在100万人以上が路上生活を強いられており、アサド政権とロシアによるクラスター爆弾などによる苛烈な空爆が続いている。組織的かつ大規模な、この史上最悪の人道危機の一つをICCに付託する国連決議は、13回に渡るロシアの拒否権行使によって阻止され続けている。このような現状で、拒否権を持つ5大国に対してICCは無力であり、アフリカだけを標的にしたダブルスタンダードだという批判が出るのも当然だろう。

特に、2019年4月にICC予審部がアフガニスタン捜査要請を拒否した時には、ICCの正当性に重大な疑義が生じていた。幸いなことに上告審がこれを覆したわけだが、問題は米国がICCの存在自体に対して強硬に反対しており、ICC検察官の米国入国ビザを取り消し、ICC締約国に対する軍事援助を制限するなどの措置を取り続けている事だ。しかし、米兵をICCから守るとするマイク・ポンペオ国務大臣の宣言は、実は不必要なものである。なぜなら、ICCが管轄権を持つ人道に対する罪は、組織的かつ大規模なものであり、ナパーム弾による市民虐殺や現在進行形のシリアの人道危機などは間違いなくその対象だが、米軍によるアフガニスタンの戦争犯罪やCIAによる拷問などは、重大な犯罪行為ではあってもICCが管轄権を持つ大規模かつ組織的な人道に対する罪(第7章)や、計画され、かつ作戦として実行された戦争犯罪(第8条)の範疇には入らないからだ。https://www.icc-cpi.int/resource-library/documents/rs-eng.pdf

トランプ政権がタリバンとの和平交渉で進展を見せたのは歓迎すべきだが、時の政権の都合で行われる和平交渉では持続可能な平和を期待することは難しい。あくまでも、正義に裏付けられた平和、永続的な平和維持にはICC国際刑事裁判所の発展が必要不可欠なのである。日本は2007年にこの条約を批准しているが、加盟するだけではなく「世界の裁判所」を発展、強化させ、正義と平和を実現するために尽力する責務がある。1998年のローマ外交会議においては「あと50年かかる」といわれていたICC国際刑事裁判所のためのローマ規定が日本の外交団の活躍もあって奇跡的に採択された。「アメリカより日本が先に締結することはない」といわれていた我が国の批准は、超党派の政治意志を示して2007年に実現している。

国際社会が納得する形で、正義に基づいた平和維持を行うのは締約国全ての責任である。特に、アメリカの同盟国、かつICC締約国という立場の日本だからこそできる役割は大きい。まずは核兵器の使用を明示的にローマ規程に追加し、北東アジア非核兵器地帯条約締結に向けて国際社会の理解と協力を得て行くべきだ。

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Written by Tadashi Inuzuka

WFM-IGP Executive Committee member, Former Senator of Japan

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